なるほどね。

北海道民独身男性の日常

旅の思い出

ありがたいもので、旅に出る毎に各方面のフォロワーから声がかかる。

3泊4日の旅のうち、まとまった一人の時間は浜離宮の庭園を眺めている時くらいだった。

楽しい仲間と一緒にうまい飯を食べたり、酒を飲んだり、くだらない話をしたり。

それがとても幸せなことなのだと、この歳にして思う。

 

高校を卒業するまでの私は、今以上に内向きな性格だった。

狭い交友関係、家と学校の往復の日々。

時折、友達と市内の体育館に行って卓球をするのが大冒険。

これといった趣味もなく、バイトも部活も何もしていなかった。

世間一般に「青春」と呼ばれる日々を、私は無為に過ごした。

 

転機は大学時代だった。

サークルに入り、夜のドライブやら合宿やら、行動の範囲はぐっと広がった。

高校時代の同級生や研究室を通じて、交友関係も少しずつ増えていった。

SNSを始めたのもこの頃だった。

男ばかりで毎日のようにバカ騒ぎをしていたが、とても素敵な思い出ばかりだ。

きっとあの頃が、私にとっての青春だったんだろうと思う。

 

社会に出てから2年位経った頃、Twitterの鍵を外した。

いつもサークルの友達が絡んでいた人がなんとなく気になったのがきっかけだ。

2桁だったフォロワーも、今では随分と増えた。

すっかり顔なじみのフォロワーも出来た。

旅行が趣味になり、行った先でオフ会をするようにもなった。

高校までの私では、ありえないことだったと思う。

 

 

この4日間は、遅咲きの青春のような楽しい日々だった。

年甲斐もなくバカな話で笑う度に、昔の自分も一緒に笑っていた、そんな気がする。

 

 

蛇足になるが、浜離宮恩賜庭園を一人で散策していた時の話を少し書いておきたい。

 

丁度梅園に差し掛かった頃に、私の前を老夫婦が歩いているのが見えた。

あの歳になっても連れ添って散歩できるなんて素敵だな、などと思いつつ後に続いた。

 

やがて老夫婦は庭園内の古い神社に向かった。

そこは旧稲生神社といって、廃止されたとはいえ趣のある佇まいが印象的だった。

老夫婦のうち、おじいさんは何か思う所があったのか、社をじっと眺め続ける。

おばあさんが近くの花畑へ向かったのと丁度入れ違いに、外国人の家族がやってきた。

若い夫婦と小さな女の子が、佇むおじいさんをよそに記念撮影を始める。

鳥居に手をついてポーズを決めたり、随分とやりたい放題である。

おじいさんもそれに気づいたらしく、居心地悪そうに境内から引き返してきた。

 

その姿を見て私は何とも言えない気持ちになり、気づけば鳥居へ向かっていた。

外国人家族の脇を抜けて鳥居の前で一礼し、境内に入っていく。

彼らの視線が一斉に注がれるのがわかった。

社の前で二礼二拍一礼し、鳥居まで引き返してまた一礼する。

その間、外国人の家族はじっとこちらを見つめるばかりだった。

「俺はなんでこんなことをしているんだ」と後悔にかられつつ、そそくさと立ち去る。

ふと花畑の方を見ると、老夫婦と目が遭った。

おじいさんの目が、笑っている。

 

照れくさくなって後ろを振り返ると、なんと外国人の女の子が、神社に礼をしていた。

ご両親もその様子を微笑ましく見守っていて、むやみに写真を撮る様子もない。

意味もわからず見よう見まねだったのだろうが、その光景に私は救われた気がした。

 

その後立ち寄った花畑のキバナコスモスは、ずいぶんと綺麗に見えた。