なるほどね。

北海道民独身男性の日常

他人からの評価

以前、上司に当たる方から飲み会で「俺のこと、どんな風に見える?」と聞かれた。

なかなかに難しい質問だ。

大抵の人は当たり障りのない事を言ってその場をやり過ごすだろう。

しかし、あまりにも本質からずれたことを言うのもよろしくない。

 

大体人間というのは、その場ごとにキャラクターを演じているものだ。

「きっとこんなふうに見られたいのだろう」という姿が、そこから見えてくる。

だから先の質問に対しては、その人のキャラクターを率直に答えることにした。

反応を見ると、本人としてもそれなりに得心のいく答えであったようだ。

 

周囲からどう見えているかということは、多かれ少なかれ誰もが気にすることだろう。

私はかなり気にする方で、八方美人になりがちだと自己分析している。

おそらく私の社会人としてのキャラクターは「いい人」である。

とにかく敵を作ろうとしないし、攻撃にはのらりくらりと対応する。

結局は面倒くさがりなだけなのかもしれないが。

 

ひとつ重要なことは、「いい人」は決して「好きな人」ではないということだ。

好き嫌いというのは本当に怖いもので、人生が誰かの好き嫌いで決まることもある。

好きと嫌いという紙一重のものに預けられるほど人生は軽くない。

しかし「いい人」というのは別の概念で、これはつまり「敵ではない人」のことだ。

別に好きか嫌いかは関係ないし、そういう判断をする相手ではないというわけだ。

人間だって動物なので、敵か味方かを無意識に分析して行動する。

敵じゃないなら攻撃することも無いし、変に警戒することもない。

結果として、話をするにも一緒に何かするにも、少なくとも損になることはない。

小さい頃転校を何度も繰り返した結果身についた処世術だ。

 

そう言いつつも、私も人間なので好き嫌いは当然ある。

大変運の良いことに、家族のことは好きだし友達のことも好きだ。

好きになれる相手がいるということだけで、十分恵まれたことと思う。

Twitterでは、時折(男性の)フォロワーから好意のツイートを頂く。

緩やかな繋がりの中ではあるが、そう感じてもらえるのなら非常にありがたい事だ。

 

大好きな異性が居ないことが、ただただ悔やまれるところである。