なるほどね。

北海道民独身男性の日常

眠れぬ夜は

おとぎ話をするとよく眠れるんですよ〜

 

<人を怒らせるのが得意な赤ずきん

 

とある村に、赤ずきんちゃんと呼ばれている女の子が住んでいました。

彼女はおばあさんからプレゼントされた赤い頭巾を常時被っていました。

 

さて、赤ずきんちゃんは、ある日お母さんからお使いを頼まれました。

病気がちなお婆さんの家まで、美味しいパンとぶどう酒を届けて欲しいというのです。

しかし赤ずきんちゃんは、お母さんの意図がよくわかりません。

「お母さん、なんで?」と赤ずきんちゃんは言いました。

お母さんはこんな娘にすっかり慣れていたので、こう答えました。

「お婆さんが、パンとぶどう酒を欲していると、手紙で伝えてきたのよ」

すると、赤ずきんちゃんは少し考えて言いました。

「そう、なら宅配業者にお願いしたら?」

「実はどの宅配業者にもお願いしたんだけど、あいにく都合がつかないそうよ」

「お母さんが行けば?」

「私は今夜のご飯を作らなくちゃいけないの。お使いはあなたにしかできないわ」

「そう。それじゃあ行ってきます」

「途中で道草を食っちゃダメよ」

「お母さん、なんで?」

お母さんはブチ切れかけましたが、深呼吸をして耐えました。

お婆さんに孫の顔を見せたいお母さんの意図は、最後まで全く伝わらないままでした。

 

道草を食ってはいけない理由を何とか言い含められ、赤ずきんちゃんは出発しました。

途中の道はかなり入り組んでいましたが、彼女はすべて覚えていました。

どうやって覚えているのかは、彼女自身全く説明することができません。

とにかくどういうわけか、物の並びを覚えるのに彼女は長けていました。

一方で、人の顔や名前などは全く覚えることができませんでした。

 

道すがら、赤ずきんちゃんはオオカミに出会いました。

オオカミはあらゆる所で悪さをしていたので、村で知らない者は一人としていません。

ただ一人、赤ずきんちゃんを除いては。

 

オオカミは言いました。「やあお嬢ちゃん、いい天気だね」

すると赤ずきんは怪訝そうな顔をして言いました。

「いいお天気、ですか?空は全体の9割が雲に覆われていますが」

オオカミは既にブチ切れかけましたが、やっとのことで理性を保ちました。

「そ、そうかい。君は天気に詳しいんだね」

赤ずきんちゃんは褒められるのが好きでしたので、気を良くして語りだしました。

「ご存知ですか?雲量というのは0から10で表され、9以上で曇りと言われ・・・」

長くなりそうでしたので、オオカミは適当に相槌を打ちつつ本題に入りました。

「いや〜知らなかったなぁ。ところで、君はそんな荷物を持ってどこへ行くんだい?」

赤ずきんちゃんは話の腰を折られて若干不機嫌になりつつ答えました。

「おばあさんの家までぶどう酒とパンを届けるんです」

「へぇ、お使いというわけだ。えらいね」

「全くです。なぜ私がこんなことを」

赤ずきんちゃんはため息をつきました。

オオカミはため息をつくのを必死に我慢しつつ、森を指してこう言いました。

「お嬢ちゃん、あっちの道のほうが近道だよ」

もちろん、コレは道草を食わせるための嘘です。

すると赤ずきんちゃんは首を傾げて言いました。

「そちらから行ける146通りのどのルートも、最短にはなりません」

そう、赤ずきんちゃんは森中の道順がすべてわかっていたのです。

オオカミは舌打ちを必死に我慢しながら更に言いました。

「そうかい?しかし、こっちから行くと途中で木苺が摘めるんだよ」

「そうですか。それと私のお使いに、一体なんの関係が?」

オオカミはあと一歩で赤ずきんちゃんを食い殺すところでしたがギリギリ耐えました。

「ババ・・・おばあさんが食べたいと言っていたのを聞いたことがあってね」

それを聞いて、赤ずきんちゃんは少し考えると言いました。

「では、あなたが摘んで持っていってください」

次の瞬間、オオカミの野生が完全に蘇り、赤ずきんちゃんは食べられてしまいました。

 

 

お わ り

旅の思い出

ありがたいもので、旅に出る毎に各方面のフォロワーから声がかかる。

3泊4日の旅のうち、まとまった一人の時間は浜離宮の庭園を眺めている時くらいだった。

楽しい仲間と一緒にうまい飯を食べたり、酒を飲んだり、くだらない話をしたり。

それがとても幸せなことなのだと、この歳にして思う。

 

高校を卒業するまでの私は、今以上に内向きな性格だった。

狭い交友関係、家と学校の往復の日々。

時折、友達と市内の体育館に行って卓球をするのが大冒険。

これといった趣味もなく、バイトも部活も何もしていなかった。

世間一般に「青春」と呼ばれる日々を、私は無為に過ごした。

 

転機は大学時代だった。

サークルに入り、夜のドライブやら合宿やら、行動の範囲はぐっと広がった。

高校時代の同級生や研究室を通じて、交友関係も少しずつ増えていった。

SNSを始めたのもこの頃だった。

男ばかりで毎日のようにバカ騒ぎをしていたが、とても素敵な思い出ばかりだ。

きっとあの頃が、私にとっての青春だったんだろうと思う。

 

社会に出てから2年位経った頃、Twitterの鍵を外した。

いつもサークルの友達が絡んでいた人がなんとなく気になったのがきっかけだ。

2桁だったフォロワーも、今では随分と増えた。

すっかり顔なじみのフォロワーも出来た。

旅行が趣味になり、行った先でオフ会をするようにもなった。

高校までの私では、ありえないことだったと思う。

 

 

この4日間は、遅咲きの青春のような楽しい日々だった。

年甲斐もなくバカな話で笑う度に、昔の自分も一緒に笑っていた、そんな気がする。

 

 

蛇足になるが、浜離宮恩賜庭園を一人で散策していた時の話を少し書いておきたい。

 

丁度梅園に差し掛かった頃に、私の前を老夫婦が歩いているのが見えた。

あの歳になっても連れ添って散歩できるなんて素敵だな、などと思いつつ後に続いた。

 

やがて老夫婦は庭園内の古い神社に向かった。

そこは旧稲生神社といって、廃止されたとはいえ趣のある佇まいが印象的だった。

老夫婦のうち、おじいさんは何か思う所があったのか、社をじっと眺め続ける。

おばあさんが近くの花畑へ向かったのと丁度入れ違いに、外国人の家族がやってきた。

若い夫婦と小さな女の子が、佇むおじいさんをよそに記念撮影を始める。

鳥居に手をついてポーズを決めたり、随分とやりたい放題である。

おじいさんもそれに気づいたらしく、居心地悪そうに境内から引き返してきた。

 

その姿を見て私は何とも言えない気持ちになり、気づけば鳥居へ向かっていた。

外国人家族の脇を抜けて鳥居の前で一礼し、境内に入っていく。

彼らの視線が一斉に注がれるのがわかった。

社の前で二礼二拍一礼し、鳥居まで引き返してまた一礼する。

その間、外国人の家族はじっとこちらを見つめるばかりだった。

「俺はなんでこんなことをしているんだ」と後悔にかられつつ、そそくさと立ち去る。

ふと花畑の方を見ると、老夫婦と目が遭った。

おじいさんの目が、笑っている。

 

照れくさくなって後ろを振り返ると、なんと外国人の女の子が、神社に礼をしていた。

ご両親もその様子を微笑ましく見守っていて、むやみに写真を撮る様子もない。

意味もわからず見よう見まねだったのだろうが、その光景に私は救われた気がした。

 

その後立ち寄った花畑のキバナコスモスは、ずいぶんと綺麗に見えた。

言葉の遣い方

同じことを伝えるにも、色々な言い方ができる。

簡潔に、相手の立場を考えた伝え方ができればいいが、なかなか難しいものだ。

普段仕事をしたり、お店に入ったりすると新しい表現の仕方に出会う機会が多い。

「ああ、あんな表現の仕方もあるんだ」と参考にすることも多い。

それと同時に、「どうしてあんな言い方をするんだろう」と思うこともある。

 

私が一番苦手なのは、自分の意見をさも世間の常識のごとく表現する言い回しだ。

「社会では〜」

「常識的に考えて〜」

「人として〜」

「〜するのが筋だろう」

といった表現は、「あなたが社会的に間違っている」と糾弾する響きを持つ。

こんな言われ方をすると、「そうか、この人の思う"社会"ではそうなんだ」と思う。

いわば、主観的な社会通念の押し付けというべき表現だ。

下手に言い返しても疲れるので、大抵は「申し訳ございません」と言っておく。

それで場は治るが、しかしどことなく後味がモヤモヤとする。

「〜しないとこういう理由で困るので、次から気をつけて」で済む話なのだが。

そんなわけで、私は出来る限り上に挙げたような言い方をしないよう気をつけている。

 

ただ、言葉というのは難しいものだ。

意図した通りに伝わらないことも多い。

知らないうちに、相手にイヤな思いをさせていることもきっとあるのだろう。

それをいちいち気にしていてもしょうがないのだが。

そう考えると、嫌味な言い方をされても気にしないのが一番なのだろうか。

そうして少しずつ、見た目上の感受性を失っていくのが、大人になるということか。

なんだかそれも少し、寂しい話だと思う。

車窓

列車に乗るのが好きだ。

 

取り立てて鉄オタだとか、そういうことではない。

車窓を流れる景色に入り混じるものに興味がある。

それは人々の生活とか、季節の移ろいとか様々だ。

 

例えば春なら、田んぼに水を張り始める様子。

ミズバショウフクジュソウが咲き始める様子。

山々を若い緑が覆ってゆく様子。

 

街中なら家々の庭だとか、行き交う人や車だとか。

初めての街なら、どんなものも新鮮に映る。

久々の来訪なら、変化に気づくこともある。

いつの間にか店が出来たり無くなったり。

古いビルが洒落た建物に一変していたり。

時間帯によっても、街は表情をガラリと変える。

夜景の灯りひとつひとつに誰かの生活が宿る。

それを次々と眺めるだけで楽しい。

 

車を運転しながら景色に気を遣るのは難しい。

この様な楽しみ方は列車ならではのものだろう。

あちらこちらで鉄道の廃止が囁かれる時代だ。

ローカル線の旅に出るのは、きっと早い方が良い。

 

年度の終わり、年度の始まり

2016年度が終わりを迎えようとしている。

 

自分の仕事が変わる。

職場の顔ぶれも変わる。

 

1年の始まりよりも、個人的には年度の変わり目が一番「年明け」を感じる。

正月明けに出勤しても、代わり映えのしないメンツで同じ仕事が始まるのだが。

ここ最近は客先を含めてどこも慌ただしい空気に包まれている。

 

変化というのは、いい変化もあれば悪い変化もある。

巷で言う所の「期待と不安で胸がいっぱい」という表現はそういう様を指すのだろう。

人間なかなか難しいもので、こういう時はどうしても悪い方へ悪い方へと考えが向く。

未来のことなんて1秒先ですら読めないことだってある。

だから考えたところで所詮空想の域を出ることはないのだが。

それでも「もしかして」「あるいは」「ひょっとして」と不安が顔を覗かせるものだ。

そうしてあんまり不安になっていると、空想がやがて現実になる。

「きっとこうなるに違いない」という地獄を避けられない未来と思い込んでしまう。

そうやって知らぬうちにうつ病になっていたりするわけだ。

 

未知のものに心を揺さぶられることは、なにも未来のことばかりではない。

世の中わからないことだらけだ。

自分の未来、他人の気持ち、自分が属するコミュニティの将来。

そういう未知の要素に心を乱されることは往々にしてある。

そんなものをああだこうだと考えていたってキリがない。

だから将来のことは「なんとかなる」、人の気持ちは「知ったこっちゃない」で良い。

それは決して思考停止や逃げではない。

思考のキャパシティを現在の自分に振り向けるだけだ。

 

それにしても、次年度は本当に大丈夫なのだろうか。

こんなに自己暗示をかけていても、ぼんやりとした不安はそう簡単に消えてくれない。

ぜひとも、なんとかなってほしいものだ。

2017年

2017年になった。

だんだんと歳を重ねることすらルーティンワークのようになってきた。

大きな病気でもしないかぎり、これから先ずっとこんな調子なのか。

退屈だ。

とても幸福なことだとは思うけれど。

 

今の仕事もとうとう6年目だ。

だいぶん慣れてきたこともあって、心にゆとりもできてきた。

だから余計に退屈になって来たのかもしれない。

 

何か娯楽でも見つけようかと思うのだがなかなか難しい。

最近はアニメもそんなに見なくなった。

身体もだんだん言うことを聞かなくなってきた。

爺さんが盆栽を始める気持ちがなんとなくわかる。

でも盆栽なんてマメな趣味、俺には無理だなぁ。

 

娯楽といえば、旅行に行くのはとてもいい刺激になると思う。

お金はどんどん飛んで行くが、たまにはお金も使ってやらなければ。

目的もなく知らない街をぶらぶらするのは楽しい。

ふらっと入った店で美味しい食事に出会ったりするのも良いものだ。

 

人生に意味とか目的とか、そう言うものを求めればいつか心が壊れる。

あてのない旅行のようにぶらつくくらいがちょうどいい。

雪の降る街を

誰も歩いていない夜の街はいい。

 

ちっとも浮かれた雰囲気のない暗い道を歩いてポストに年賀状を投函してきた。

辺りは静まり返っていて、いつもと何も変わらない。

なんとなくワイワイしている中年の集団がセイコーマートにいたものの。

しかしそんなのはこの時期じゃなくても見かけるだろう。

 

コンビニで晩飯を買って寒い帰り道を早足で歩きながら思う。

結局、世の中はいつも通りだった。

今夜が聖夜であることを意識しているのは、むしろ自分の方じゃないのか。

いつも見ないふりをしている寂しさの重みをふと感じてしまっただけじゃないのか。

誰に誤魔化すでもないのに乾いた笑いが浮かぶ。

 

今日もコンビニの飯は可もなく不可もなく腹を満たした。